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日が沈む。 真っ赤な夕日に照らされて そんな夜はアタシとアンタとの唯一の世界。 やみくもにつついてごらん きっと噛み付かれる。 夜明けのそら アタシを抱いた後も寝るのを嫌うゲンマに、わずかな灯りで窓から静かな夜をみるのが常だった。 枠に肘をつくアタシの後ろからでゲンマが肩口にリズムよく刻む呼吸をあてる。 「さっさと夜があけないかね。」 「あぁ。」 「もう、二度と来んじゃないよ。」 「・・・あぁ、わりぃ。」 本当に悪いだなんて、この男はちっとも思っちゃいない。 そんなこと改めて確認しなくたって分かる自分が、イヤになる。 「ゲンマ」 明るくなるにはまだ早すぎる空を眺めながら、 アタシはなんの感情もこめずにその名を呼ぶ。 抱きしめる腕に力がこもり、肩にかかる息がさらに温度を上げる。 「、お前ちょっと黙ってろ。」 好きだとか、愛してるなんてくだらない言葉はいらない。 そんなもの。 初めて肌を合わせたその瞬間から、アタシらには目に見えないものが全てになった。 ゲンマは今、感覚だけでアタシを感じてるらしい。 それが心地いいなんて。 遊女じゃいられなくなる瞬間を知った事は、この世界では最低最悪の不幸だった。 一番・二番を張れるほどの器量なんかもっちゃいないけど、 穴さえありゃなんだっていい、なんて連中相手にするほどでもない。 穏やかな、手の届きやすい非日常を求める男の相手が日常な中堅所を たいして長くもねぇ人生でやっていく。 それがの名前を貰った時からのアタシのすべてだった。 好き嫌いなんてどーでもイイ。 おまんまくいっぱぐれねぇくらいに稼げりゃ自分の身体、男に好きにさせんのくらい 今日が何月何日かってことと同じくらい、興味がなかった。 「あ〜〜さみい。」 「ねぇさん、客引きの時くらいその口調やめたら?」 「あ?」 手を伸ばせば、道を歩く男たちに届く距離。 おもしろ半分な視線を流しながらも、中に閉じ込められた女、女、女――― その内の1人にアタシがいた。 ねぇさんと呼ぶ、隣にいる女は少し後に入ったってだけでいくらやめろといっても聞きゃしねぇ。 番付けが上だからって、厭味いってんなよ。 なんて、所詮金がすべてのこの世界では口出しなんてできっこない。 「しかたないだろ、さむいもんはさ。こんな日に表に並ばせるなんてマジ信じら・・・」 ちょうど、目があった男がいた。 「ちょうどよかった、俺もどっかで温まろうと思ってたとこでよ?」 立ち止まって、見下ろす視線と絡み合うアタシの瞳に そこだけが一瞬、別世界みたいに思った。 忍者様お得意の幻術ってヤツかい? 「お前、名前は?」 ニヤリと、お世辞にもいい人だなんて言えないような笑み浮かべて 節くれだった、お世辞にも綺麗な手だなんて言えないような手をそっと柵の間から差し伸べた。 「。」 夢中で掴んだその手に、 1秒も離せないその瞳に どうして、なんて。 思えたらそれが奇跡だって。 それが、初めてゲンマに出会った日。 そして、遊女としてアタシが不幸を背負うハメになった始まりの日。 これが幻術なら、さっさととけてしまえ。 「・・・・・・」 ゲンマに抱かれる時は、ひたすら無心。 多分、そんなことすらゲンマにはお見通しなんだろうと思いながら。 お互い喘いだら負け。 感じたら、負け。 「・・・・っ、。」 それでも、最後は苦しそうにしぼりだすみたいにアタシの名前を呼ぶゲンマに 理性の言葉の意味をひたすら疑いたくなる。 「あっ・・・・ん、」 「綺麗だよ、」 他の男に抱かれる時は、全力でゲンマに抱かれた記憶にすり替えた。 『・・・・・ここか?なぁ、。』 意地が悪く笑うゲンマに、 アタシは黙って身体で答える。 ゲンマ、ゲンマ アタシの身体の上を違う男が、徘徊してたって知るもんか。 どんだけゲンマに悪態ついたって、 アタシの心ははじめっからこの夜にたった1コしか、存在しない。 「よぉ、久しぶりだな。」 「・・・・来んなっつただろ。」 「ははは、相変わらず冷てぇーな。お前。」 言いながら、静かに抱き寄せる優しい腕。 きっと死んだ知らせも届けないような、こんな男。 出逢わなければよかったのに。 黙って抱かれる、見上げた今日の月がいつになく残酷に見える。 「なぁ、。」 やっぱり今日も、夜を眺めるアタシを後ろからゲンマは抱きしめていた。 「なんだい。」 「お前あったけぇな。」 「そりゃ、アンタ生きてるからね。」 アンタだって立派に今を生きてんじゃないさ。 その言葉は心の中で言ったのか、実際に口に出したかどうかは曖昧で言ったそばから覚えてない。 ゲンマの日常なんか知らない。 アタシに何を求めて忘れたころに会いに来るかなんて、知らない。 知りたく、ない。 「・・・・。」 「なにさ。」 金で買われて、 買われた身体、差し出して。 いつまで続くのか、なんてのは考えない。 「お前の涙は甘ぇな。」 そりゃそうだろうよ。 この水分にはあんたへの気持ちがしこたま詰まって、溢れそうだったから アタシの方から追い出してやったんだ。 抱きしめる腕から、優しさが消えた。 「なぁ。」 「ん。」 「殺し文句が見つからねェんだ。さっきからずっと考えてんだけどよ。」 「どういう意味だい、それ?」 突然 ふわり、と情事の後のけだるさが残る、着物一枚羽織っただけのの身体が宙に浮いた。 「やっぱり軽いな。」 「ゲンマ、アンタそれどういう・・・。」 いいかけて、続きの言葉はゲンマに吸われて消えてった。 「お前がいっつももう二度と来んじゃねェって言うからよ。そうすることにした。」 「はァ?」 「ここにはもう来ねェ。」 遊女の連れ出しは、たとえ忍であっても御法度。 そんなの、このまちと関わるヤツなら誰だって知ってる。 「には、今日で死んでもらう。」 「え?」 だから殺し文句ッつったろ? 耳元で、囁くようにして届いたその言葉に、 「別に、」 ゲンマと逢ったその日から いつ死んだって構いやしないけどさ。 なんて、口に出して言ったのか心の中で言ったのかが やっぱり思ったそばからはっきりしない。 「なぁ。」 「はぃよ。」 「夜、明けるな。」 後悔は、多分ない。 それが分かるのは、意外に心が軽いから。 ゲンマが触れる部分が初めて、痛くも苦しくもないから。 「あぁ、この世のもんを綺麗だなんて思うのは生まれて二度目さね。」 「・・・一回目は何だったんだ?」 「アタシ抱いてる時のアンタだよ。」 「お前、それ。」 「アタシんは口説き文句ってんだよ。」 「知ってるよ、バカ。」 「そりゃ、そうさ。遊女に学なんかあるもんかい。」 「へーへーわかったわかった。」 じゃあ、学がねェお前にも分かる言葉で言ってやるよ。 今度は、後ろにいたゲンマが くるりと正面側にアタシの身体ごと、動かした。 「なにさ。」 あぁ、初めて出逢ったあの日以来だ。 この瞳をこんなにはっきりと見つめ返すのは 「好きだ。」 翌朝、いつまでたっても姿が見えないからと 起しに向かったの部屋には、綺麗な深紅の血にまみれた死体がひとつ。 「!!」 「ねぇさんっ!!!」 慌てふためき、泣き叫ぶ妹たちや姉たちの中に お母さんと呼ばれていたおかみだけは冷静にその仏の姿を見つめていた。 「は死んだよ。」 どこか冷静な娘だった。 逃げもせず、否定もせず。ただ淡々と、己に降りかかる現実だけを心に落として。 「死んであの娘は天国にいっちまったさ。」 亡骸を見下ろして、おかみはポツリとそういったまま 名残惜しみもせずに、その場を後にした。 少し離れた、木の葉の里で 瞳の奥が妙に色っぽいと評判の女を、ゲンマが連れて歩いているというのは ちっぽけなことすぎて、ついぞ里からその話が漏れることはなかった。 はい、意味わかんない系でごめんなさい。 ちょっとゲンマさんで刹那的なというか、感覚的なお話が書きたかっただけです。 ただそれだけなので、ワタクシ個人としては満足だったりします。 それぞれの解釈をしてください。えぇ、是非してくださいw テーマ『明け方』は遊女ヒロインとゲンマさんで、おおくりしました。 |