【イルカの場合】


「イルカせーんせ。」

「ん?どしたー。」


放課後の職員室。決まっている席にとぼとぼと歩み寄ってもう何回口にしたかわからない名前を呼ぶ。
イルカ先生はどんなに手元が忙しくても、呼ばれるとかならず手を止めてこちらを向いてくれる。

それがイルカ先生が教師で私が生徒だからとかはあんまり考えない。

だから今日もこうしてこずるい手を使うしかないんだ。


「なっ?!!!ちょ、おいコラ、!」

「はーい、なんですかイルカ先生?」
出し惜しみゼロ、自分の中で最上級の笑顔で答える。


「か・・・・」

「か?」

そしてここでは、かわいらしく首を少し傾ける。なんてけなげな。
女子力使いすぎでしょってくらい頑張ってる、私。・・・・ちょっとやりすぎかな?


「顔が近すぎだ!!!!馬鹿野郎!!」


がたーん、という豪快な音とともに、イルカ先生はおもいっきり後ろにさがった拍子に椅子ごと倒れてしまった。
大丈夫?と覗き込んでみると顔を真っ赤にして口を金魚みたいにぱくぱくとさせている。

ははは、私イルカ先生のこういうところが好き。

「イルカ先生メンタル弱すぎー。」

今度は飾らない私で答えると、少しは冷静になったのか椅子をおこして元の位置に戻った。
真面目な話でないのなら、とイルカ先生は机に向かって私が来る前の仕事を再開させた。

「ったく、教師をからかうんじゃない。」

ちぇ、もうおしまいかー。残念。


「知らないんですか?先生。」

「なにがだ。」


やっぱりもう、私の方は見てくれない。
数秒でも無言で見つめあうなんて恋人同士みたいでいいなって思っただけじゃん。
そんな私の乙女心はまるで無視ですか。


でも、まぁ。


「まぁ、いいや。なんでもないでーす。」

「なんだそれ。、お前俺の仕事の邪魔しにきたんなら帰れ。外なんてあっという間に暗くなるぞー。」

先生、それ仮にも忍の卵に言う?
でもイルカ先生にしたら私なんてまだまだ子どもなんだろうなぁ。


「先生のケチ。」

「はぁ?!なんでそうなるんだ?」

口では帰れって言いながら、ちゃんと返事をしてくれる。優しいんだよなぁ、先生。
今日は少しだけいつもよりも先生を独り占めできたからよしとしよう。
現状では誰に対しても同じな優しさを、いつか私だけの特別にしたいから。


そのうちあっという間にとびっきりのいい女になるから覚悟しててよね、イルカ先生。