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夜があけるね。 待ってもないのに、朝がくるよ。 照らさないで だって、光を浴びていいワケがない。 夜のとなり 望まない朝がくる。 今日も、きた。 別に明日なんてこなくてもいいのに。 私は、しょうがないなというお情け程度で出来た窓のガラスにそっと手をのせる。 ぼんやりと、夜明けの様子を見せるオレンジ色の空に今日もため息をつきながら わずかに開いていた窓を閉め、光が漏れないほどの分厚いカーテンを引いてベッドへと向かった。 夜は私の時間。 静かで、深い 闇が私の存在を隠してくれる。 待たなくちゃ。 また今日も、太陽が沈むのを。 そう思ったのを最後に、は今朝も眠りにつく。 火の国のはずれの裏のまちに人目から隠れるようにして、が暮らす家はあった。 その中で、さらに奥まった一角には生きている。 誰とも会話をすることなく、 ただ与えられた部屋の中だけで 世間から忘れられたように は、夜を生きていた。 暗部として、はや3年。 死ぬかも、と思ったのはそれこそ1度や2度なんかじゃなくて 1つの任務をこなして朝日を浴びてようやく、生きてると実感出来た。 「今回も処分で?」 「・・・あぁ、いつもどーりだよ。」 オレらは、暗殺とは呼ばずに処分といった。 火影にとって里に害になる存在は、裏社会に生きる暗部に秘密裏に処理される。 命を奪う感覚が、”処分”の名のもとにしだいに麻痺していくのが自分でもわかった。 1つの任務を終えるとそれの回復に必要な休暇が与えられ それを身体を休めるだけに使うと、すぐにまた新しい任務が入る。 その繰り返しが、暗部となったカカシの日常だった。 自分の生き方に疑問を抱いたことはない。 火影に命じられるままに。 道具として意思を持たずに、与えられる任務をただこなすことがカカシの当たり前だった。 いかに合理的かつ効率よく人を殺すか。 ただ、それだけ。 自分が生きるために必要なのは、たったそれだけ。 今回カカシを隊長とする、小隊に与えられた暗殺内容は このごろ火の国内で秘密裏に蔓延している無認可の薬をルートごと抹消すること。 つまり、売人に加えその家族や関係者の一掃。 任務中の判断は、カカシに一任するとのことだった。 木の葉の里にもわずかではあるが、その薬が広がり始めていることを 危険視した火影自らが下した命であった。 「あんまりよろしくないようですね、その流行ってる薬とやらは。」 里を出て数分、売人が暮らすというまちに向かう中 次々と木々に飛び移り、話しながらでもそのスピードは一切緩められることはない。 「ま、三代目が一掃するようにって言うくらいだからね。そーとーなんでしょ、影響が。」 「俺、別の任務で里外に出た時たまたま一般人が廃人も同然になっているのを路地裏でみかけました。」 「へぇ。」 詳しい内容は、現地に到着後調査するように言われている。 もちろんサンプルも持ち帰らなくてはならない。 それに、残酷なようだがすでに中毒状態に陥っている人間のケアはオレたちの仕事じゃない。 あくまでも興味がないように聞こえる声で、仲間の1人にそう言った。 そして、すぐに薬に関する話も途切れる。 目の前に広がる街。 上から見下ろすその街は、 夜の今でも煌々と輝く場所と 見捨てられたように、薄暗く多少の気味悪さが広がる場所が混在する、 いかにも無法規そうな場所だった。 「じゃあ、オレは本邸に予備調査に入るから。オマエらは全員でアジトのほう当たって。」 「「「はい。」」」 「オレがいない間の指揮はオマエにまかせる、いいな?」 オレは隣にいた、副隊長に指揮権を預け別行動をとる。 「散。」 合図と共に、散り散りになっていく仲間達。 「さーぁて、オレはオレの仕事をしますかね。」 本邸は、警備の面から言えば相当なレベルではあったが それはあくまでも”外”からに対しての話で、正直進入してしまえばあとはカカシにしてみればザルだった。 写輪眼ってのがこの世に存在することを知らなかったのが、運のつきだな。 家の構図、家族構成の把握、しばらくの行動予定などの情報が簡単に手に入った。 念のためにサンプルを1つと、売人の経歴も手に入れておく。 こんなもんかなー・・・・。 カカシは本邸の調査を切り上げて、仲間の方に合流しようと 入ってきた時とは別の方法を探るために、気配を探った。 すると、どうだろう。 不思議なことに、先ほどと気配の数が一致しない。 どういうことだ? 何者かが家に入ってきた様子はない。 調査に穴があっては、任務の成功率に関わる。 カカシは増えた気配の方へともちろん物音ひとつ立てずに向かっていった。 なんだ・・・・ここは? わずかに、たしかに漏れる人の気配。 その先には確実に人がいるハズなのに、どうしてだか入り口が見当たらない。 隠し部屋ってワケ。 ・・・ふーん。 半分は、好奇心だった。 この家で唯一隠されるようにして作られた部屋。 そこから漏れる人の気配。 大抵、こういう場合には隠し部屋の1つや2つは存在して 大体が金とか、財産とか物欲にまみれた人間が1番大切に思うものが隠してある。 それが、人・・・だとはね。 結局その部屋には窓から侵入することに決め、さっそくなんの迷いもなく窓枠に手をかけた。 ま、姿をみられてマズけりゃ殺せばいいだけの話。 ・・・・・結局は全員、処分することに変わりはないんだから。 「だれ?」 自分にかけられた声に、先に身体が反応する。 「殺してくれんの?アタシのこと。」 よく見れば、その姿は少女というには少し遅すぎなような だからと言って大人の女性とまではいかない、曖昧な女だった。 そして、今はその首筋にカカシの手に握られたクナイが突きつけられている。 にもかかわらず、女が動揺する様子はない。 「アンタ変って言われない?」 咄嗟に口をついて出た言葉に、 変わらず動きもせずに答える。 「あんま歳かわんなそうなのに、平気で人殺せそうなあんたも十分変だし。」 「オレの姿見てないでしょ。」 一般人の目に映らないほどのスピードで、後ろをとったハズ。 なのにこの女は自分とそう歳がかわらないと言ってのける。 「だって、雰囲気がそんな感じじゃない。声とか、ニオイとか。オッサンじゃないでしょ?」 ・・・・ニオイって。 対象物と言葉を交わしてはいけない。 暗部に入ってすぐのころにそう教わった。 そして、今じゃ下のヤツらにもそう教えている。 ヘタな情は、己の身を滅ぼすのみ。 規則ではないが、暗黙の了解で上から下へと伝わっている教訓のようなもの。 その意味を、改めて実感するというよりは いつもならためらわずにそう出来ていた自分なのに、今回のことが不思議でしょうがなかった。 「ふーん、あんた忍者なの。」 気がつけば、手元のクナイをしまい お互いに部屋に唯一の窓を背に、少しだけ開けた隙間から言葉をかわしていた。 「そういうアンタはなんでこんな所に監禁されてるワケ?どっかから攫われてきたって風でもないんでしょ。」 「うん、初めっからここの家の子ども。ちなみに。」 「え?」 「アタシの名前。こんなんでも一応名前ついてんの。」 「あっそ、ね。」 名前、という新たな情報を 監禁された女に上書きする。 「の家族・・・・特に父親?アレ。随分なコトしてるみたいじゃない。」 どう反応するか、が少し楽しみでカカシの方からけしかけた。 もちろん背にしている所為で、その表情は見えないが。 「あーあの男、色々やってるみたいね。」 「父親だってのは否定しないんだ?」 「うん、まぁね。」 たぶん、普通の人間ならばここで苦痛の表情を浮かべるのだろう。 ただこのという女はどこか初めから、様子が変わっている。 どこか諦めている、というか なにも望んでいないという風な。 「別に、可愛がる対象が欲しかっただけなのよ。父親も母親も。 欲を言えば息子のほうが大歓迎だったんだろうけどさ。」 ポツリ、ポツリと話し始めたに カカシは相槌も満足にうたぬまま、ただひと時耳を傾けていた。 「初めは可愛く思ってもさ、徐々にうっとーしくなったんだろうね。そのうち飽きたら見向きもしなくなったよ。 アタシはペットかっつーの。ってか、それならその辺の犬猫買ってくりゃー済む話だったのにねー。 散歩もさせてもらえないんだし、今じゃペット以下か。あははは。」 渇いた笑いが部屋に広がる。 「どうにかしよう、とか思わなかったの?」 ま、思ったところで社会的に地位の低い子どもがなにかしたところで どうにかなる世の中じゃないんだけど。 「最初のうちはさ、どうしてとかなんでアタシがとかも思ってみたりもそれなりにしたし。 まぁ、自由とかそういうの?考えてみたけどそのうち馬鹿馬鹿しいっちゅーかめんどくさってなったよ。」 「毎日生きてるって、ただそれだけ。 ホント、それだけ。」 カカシにはない、ただ生きるだけという日常。 想像したこともないが、それはそれで苦痛なのだろう。 「いらないならいらねーって捨ててくれりゃいいのにね。」 可愛い娘を傷つけたくない、ここにいるのが一番安全だなんて言って。 最初は信じてた。 いつか、また前みたいに普通の家族として暮せるんだって。 だけどアタシもそこまでバカじゃないからね、そりゃわかるよ。 厄介払いされたんだって。 身を護るためだ、なんて言って。 育てることを放棄された、アタシ。 世の中から忘れられた存在のアタシ。 「いろんなこと知ってるから、ヘタに捨ても売れもしないって。 だからってイライラされてもねぇ? じゃあ殺せよって話だよね。」 あっけらかんと、背中ごしに伝わってくるその言葉を そう言えるまでにはどれほどの事実を受け止めたのだろう。 「毎日ベッドの天井見るたびに思うよ。」 「なんて?」 「今が人生最後に見る風景だったらなーとかさ。」 「そんなんでいいんだ、意外。」 もっと、せめて死ぬなら綺麗な風景みながらとかそんなコトは思わないんだ。 「アホだよねー。」 首をしめられる記憶に恐怖で目が覚めても、 殴られて、蹴られて全身あざだらけになって痛くて眠れない時が続いても 「こんなに死にたがりのくせに自分でっていう勇気はないんだなーこれが。」 毎日毎日毎日毎日、起きてご飯食べて、寝るだけ。 あいつらが薬に手を出し始めて忙しくなってからここ数年は、人にもちゃんと接してない。 「退屈で人って死ねないもんなんだね。」 そうつぶやいたっきり、なにも話さなくなったに 今度はオレの番ってことね。と雰囲気で悟って やめればイイのに、オレの口は閉じる気配がなかった。 「オマエが望まない明日は、オレたちにしてみれば希望みたいなとこがあるんだよ。」 「希望?夜が明けるのが?」 「そ。朝日を身体いっぱいにあびれたら、夜があけて無事生きて里に帰れたらって 思って毎日をすごすヤツらがオレの仲間にはいっぱいいる。」 そういう感じ方が世の中にあると知って驚いたのか、 ちょっとの声のトーンが上がった。 「へぇーそれもこれも火影様のためってやつ?」 「そーいうヤツもいるし、ひいては里のためってやつさ。」 「くだらないね。」 ああ、そうだよ。って 「でも、羨ましい。」 がそう言わなかったら、思わず頷いてしまうかと思った。 くだらない、だけどそれが理由で死んだってかまわないとも思ってる。 「そう?」 「うん、だって人間としてある意味健全だよね。死ぬ最後まで何かを信じて死ねるとかさ。」 「そんなもんかね。」 「かわいそう、には可哀相だよね。」 「誰が。」 「アタシとあんた。」 「オレは自分で可哀相なんて思ったコトないけど?」 さすがに、可哀相発言にはイラッとした。 別に誇りとか、自己犠牲とか感じてるつもりないけど だからって、同情買うためにこの仕事やってんじゃない。 「ふーん。」 「なに。」 「まぁ・・・同じ可哀相でもアタシはみじめだけどね。」 「笑って言うコト?それ。」 「え?だって笑うしかなくない?生まれてきた意味も、死ぬ価値もないなんてねー しょーもない人生だったなぁ。」 あくまであっけらかんとした、その物言いが。 どうしても心に引っかかるといえば、引っかかった。 「さて、と。そろそろ行くよ。」 長いしすぎにも程がある。 カカシは、腰掛けていた窓の桟から立ち上がると 月が随分ともう低い位置にきていることに気づいた。 「あぁ、そう?」 最後くらい、とは後ろをふりかえろうと窓から身体を浮かせた。 しかし、その瞬間に今度はクナイではなく 少しだけ柔らかくて、あとは筋肉な2本の腕が伸びてきた。 しばらくしてやっと抱きしめられているのだ、と分かった。 「ね、あんた名前は?」 「殺す相手に教えたってムダでしょ?」 「あーそっか、それもそうだね。」 アタシのことは名前以外にも、もうこの家の隅々まで知ってるくせにね。とは言わなかった。 はこの時もくすりと笑っただけで、その場を楽しんでいる様子さえみてとれた。 冷たい 洋服ごしに伝わる体温が、あまりにも心もとなくて。 アタシもけっして恵まれてはいないけど、 人間としてはわりとぬくぬく生きてるアタシの体温が少しでも伝わればいいと、思った。 でも反対のところで、どこかその冷たさが心地いいとも感じていた。 「明日もくる?」 「・・・いや。」 「明後日、かな。」 光がさし始めた空。 背中をスッと空気が通る。 わかってる。 すぐに振り向いても間に合わないことくらい。 感触さえも残さなかった。 「明後日・・・・ね。」 明後日までに、なにが出来るかな。 いや、ここはあがかないのが一番アタシらしいかな。 は窓を閉め、先ほど自分と彼が寄りかかっていた部分に額を当てた。 「あ、・・・・」 あったかい。 その口元をわずかにあげて、はその日もベッドで穏やかな眠りについた。 ついさっきから、窓に背中を合わせていた。 さっき下でもの音がしてたから、そろそろ来るころだろうと思って。 不意に窓があく。 身体を浮かして、振り向こうとしたが途中でアタシの動きは止まった。 彼はこなだみたく、後ろから抱きしめる。 知っているのはその声と、今日はどこか血がまじるニオイと、アタシよりはるかにひくい体温だけ。 なんだろう。なんなんだろう。 恋とか愛とか、そんなおとぎめいたもんじゃなくて。 ただ、孤独で自由な夜に触れ合う場所から刻まれる心音が、ひどく心を虜にする。 「ねぇ、やっぱり名前すら教えてくれないの?」 「うん、ダーメ。」 「そっか・・・そんじゃ、ま。一思いにどーぞ。」 目を閉じたんだと思う。 抱きしめる身体には、力すら入れられていなかった。 「なんか言い残すコトはない?オレにしか残らないケド。」 「んー・・・・・あ、そうだ。」 「なに。」 抜かれていた身体に力が入り 下を向いていた顔があがり、 閉じられていた瞳が、開いた。 「この窓から月を見るのは好きだったからなぁ。」 肩に頭の分の重みがのっかるのを感じる。 多分、空をみあげているのだろう。 「最後の最後にいい思いしたんだし、オマケに天井じゃなくて月見ながら死ねんならまあ満足かな。」 「泣かないの?」 「泣く?なんで。」 自分でも聞いててちょっとおかしいな、とは思ったけど。 「だって・・・死にたかったんでしょ?嬉しくないの。」 「嬉しい・・・・よ。そりゃーね。けどなんだろう。」 「アタシ、嬉しくて泣くってのがどういう事なのかイマイチよくわかんない。」 初めて正面から見たのは苦しそうに眉をよせて、それでも笑うの表情。 それでも後悔はなかったと思う。 ねぇ、それってホントは死にたくないってコトなんじゃないの? 火影のもとにカカシからの今回の任務の報告が入る。 木の葉の人々を蝕む薬をうりさばいた大本である本人及び家族である妻、 隠れ家を出入りしており、直接関係したとみなす幹部ら及び売人ら計11名の名前や経歴が綴られており、 備考の欄にはすべて済み、の文字が。 本来ならあるべきはずのの名前がそこに記されていないのを知るのは、カカシだけ。 気が変わった、というには軽すぎる。 スキとか、そういうモンでもない。 必要、それが一番しっくりする気がする。 「ねーカカシ。」 「ん?」 「毎日生きてるーってカンジは同じだけど、全然違うね。」 「・・・おおげさー。」 ちゃんと笑った顔がみたかったから、とかそんな理由じゃダメかな。 朝日をあびたの笑った顔は、 たしかにオレの死にたくない理由の1つになった。 『夜』がテーマのお2人でした。 長編の2人が幸せそうなので、ついその他がシリアスぎみになってしまいます(汗 お互いほぼ名前呼び合ってませんね。 ヒロインにいたっては最後のみ・・・(ぐはぁ カカシ先生の肩に頭のっけて夜空を見上げるところが書きたかっただけですww うー・・・・ん。でも残るイルカ先生は、ほのぼの意外は思い浮かばないので 安全地帯だと信じたいです。 |